貧乏でもブサイクでも幸せになる方法
2008年04月02日
価値観を思い切り変えればほんとに楽になれます。
好みは人それぞれ,
やすらぎを感じる趣味や情況設定を、
身近なものにどんどん切り替えちゃえばいいのです。
価値観を徹底的に切り替えていけばいいのです。
貧乏でも、ブサイクでも幸せになる方法・・・
タイトル通りだとするなら、本当に凄いノーハウです。
人類が救われるような話しですよね。
社会を見ていると、
国家レベルでドン詰まり状態です.
理由はいろいろあるでしょうが、
貧乏でも幸福になれるとしたら、
どれほど国は救われるでしょうか?
でも良く考えてみると、
貧乏でブサイクなんてザラにいるわけで、
そういう人が幸せになれないとするならおかしいよな。
誰でも幸せになれるということでなければ、
地球なんか無い方がいいと思う。
たまに疑問に思うことがあります。
人が素晴らしいといっても
自分では興味が感じられないものって
たくさんありますね。
ということは、ひとそれぞれなのかなあ・・・
と思うしかないですよね。
生き方にしてもそうです。
エベレストの頂上を極める事は山登りに関心のある人には
凄いことかもしれないですが、そうで無い人には
なんでワザワザ苦しいことをするんだろうかと感じます。
マラソンはどうか?
オリンピックはどうか?
音楽はどうか?
関心の無いジャンルは、どうでもいいわけですよ。
むしろ、なんでこんなものに嵌っているんだろうかと
思うことが多いんじゃないか?
といいながら、自分も何かに嵌っているわけです(^^;)
それからこういう経験は無いでしょうか?
子供の頃の趣味や遊びが
そのまま継続している人は少ないでしょう。
年齢とともに何か変わっていくんですね。
好みというか、感覚というか、考え方というか・・・。
飽きてくるということかも知れないし、
卒業していくということかもしれません。
まあ卒業でしょう。
つまり好みというのは徐々に卒業していくものなんです。
50歳になってもリカちゃん人形大好き!
ということになると・・・
病院に行ったほうがいいかも知れないですね(――;)
つまり価値観は、
だんだん変化していくわけです。
いちおここまでの話をちょっと纏めます(^^;)
1,好みは人それぞれである
2,好みは時間とともに変化していく
さあ、ここから類推できることがあります。
1と2ということであるなら、
今持っている価値観も、
いずれ変わっていく可能性が高いということです。
今これがやりたいんだ!これが生きがいなんだ!と思って
いることがひょんな理由で興味が無くなっていくわけです。
そこでこういう考え方もできます。
どうせ変わっていく。いずれ今の感覚も変わっていく。
であるなら、お金のかからない趣味や楽しみを持つようにすれば
人生設計は楽になってくるんじゃないかと、思ってみるんです。
そうするしないは別にして、
なるほどそういう考え方もあるのか?と思うだけでもいいですね。
ぜひお奨めします。
さてさて、ところが現実はどうか?
われわれは世間の情報に振り回されるわけです.
企業はモノを売るのが目的だから
いかにこれがあったら面白くなるか、生活が快適になるかって
ガンガン宣伝しています。
なかには、幸せになるには、これを買いなさい、
あれが必要だ!
セミナーの参加料は3万円です。このダイエットプランは
10万円コースです!・・・みたいな
ものばかりが氾濫していますから、
結局お金がたくさん無いと、
どうにもならない感じがしてきます。
改めて言いますが、
本当に貧乏でもブサイクでも幸せになります。
だからそのための投資的お金はほとんど要らない。
考え方を変えるだけです。
人の劣等感を刺激して不安を感じさせ、
それで消費意欲を駆り立てる商売が多すぎます。
消費者はもっと賢くなったほうがいい。
冷静に見れば、買っても買わなくてもいいようなものばかりです。
基本的に見栄えが良くなりたいという欲求は誰にもあります。
経済的に余裕があればそのための投資は幾らでもやるでしょう。
問題は余裕がそれほどなかったら、つまり欲しいんだけど買えない、
サービスが受けられないということが多くなると、
不幸を感じてくるでしょう。
そこで思い出して欲しい事は、価値観の変化です。
いまこれが欲しいと思っているけど、
たぶん3年立ったらどうでも良くなるのかも知れないと
思うようにします。
賢い人はさらに踏込んで、こういう類に憧れるから、
人間はお金に苦労するんだなあ・・・と思えばいいわけです。
世間が騒いでいるからイイに違いない、
だから私も欲しいではなくて、
バカな世間だなあ・・・わたしは今のこの洋服で十分なのよ・・・
と買う気もしない人が、実は一番幸せかも知れません。
自信があるからです。
ぜひやったほうがいいのは、自分の経済状況に合わせて、
好みを自分で切り替えていくことです。
貧乏な人が高級ブランドを好んだら悲惨な状態になるわけです。
情報誌の宣伝文をバカみたいに信じるのではなく、
そう簡単に企業の罠にはまらんぞ! 勝手に価値観を決めるな!
ぐらいの観察眼で読むといいんじゃないか。
そして自分の価値観を「素朴」なものに
少しづつシフトしていくようにします。
好みは人それぞれだから自分の生活が楽になるような、
自分ブランドを作り上げていけばいいのです。
【編集後記】
次回は人間関係について考えてみます。心が楽になるような友達関係ですね。
幸せになるには良い友人が出来るかどうかにかかっているといってもいいぐらい、重要なポイントになってきます。だいたい自分がロクでもない事が多いですから、考え方が素朴で安定している人がいいですね。
それから知り合いに不幸そうな人がいると思いますから、そういう人にはぜひこのメルマガを薦めましょう!もちろん自分がそもそも不幸そのものだ!と思われる方は石に齧りつくようにこのメルマガに人生をかけてみましょう!
社会は自然現象のように、ますます変化が激しくなってきました。そういう中で溢れかえる“最新情報”というものに、ついつい振り回されがちですが、そんな時は素朴な原点に戻ることが何よりです。
***********************
◇◆◇貧乏でもブサイクでも幸せになる方法(創刊号)◇◆◇
発行責任者 看板太郎 fantasanta@mail.goo.ne.jp
好みは人それぞれ,
やすらぎを感じる趣味や情況設定を、
身近なものにどんどん切り替えちゃえばいいのです。
価値観を徹底的に切り替えていけばいいのです。
貧乏でも、ブサイクでも幸せになる方法・・・
タイトル通りだとするなら、本当に凄いノーハウです。
人類が救われるような話しですよね。
社会を見ていると、
国家レベルでドン詰まり状態です.
理由はいろいろあるでしょうが、
貧乏でも幸福になれるとしたら、
どれほど国は救われるでしょうか?
でも良く考えてみると、
貧乏でブサイクなんてザラにいるわけで、
そういう人が幸せになれないとするならおかしいよな。
誰でも幸せになれるということでなければ、
地球なんか無い方がいいと思う。
たまに疑問に思うことがあります。
人が素晴らしいといっても
自分では興味が感じられないものって
たくさんありますね。
ということは、ひとそれぞれなのかなあ・・・
と思うしかないですよね。
生き方にしてもそうです。
エベレストの頂上を極める事は山登りに関心のある人には
凄いことかもしれないですが、そうで無い人には
なんでワザワザ苦しいことをするんだろうかと感じます。
マラソンはどうか?
オリンピックはどうか?
音楽はどうか?
関心の無いジャンルは、どうでもいいわけですよ。
むしろ、なんでこんなものに嵌っているんだろうかと
思うことが多いんじゃないか?
といいながら、自分も何かに嵌っているわけです(^^;)
それからこういう経験は無いでしょうか?
子供の頃の趣味や遊びが
そのまま継続している人は少ないでしょう。
年齢とともに何か変わっていくんですね。
好みというか、感覚というか、考え方というか・・・。
飽きてくるということかも知れないし、
卒業していくということかもしれません。
まあ卒業でしょう。
つまり好みというのは徐々に卒業していくものなんです。
50歳になってもリカちゃん人形大好き!
ということになると・・・
病院に行ったほうがいいかも知れないですね(――;)
つまり価値観は、
だんだん変化していくわけです。
いちおここまでの話をちょっと纏めます(^^;)
1,好みは人それぞれである
2,好みは時間とともに変化していく
さあ、ここから類推できることがあります。
1と2ということであるなら、
今持っている価値観も、
いずれ変わっていく可能性が高いということです。
今これがやりたいんだ!これが生きがいなんだ!と思って
いることがひょんな理由で興味が無くなっていくわけです。
そこでこういう考え方もできます。
どうせ変わっていく。いずれ今の感覚も変わっていく。
であるなら、お金のかからない趣味や楽しみを持つようにすれば
人生設計は楽になってくるんじゃないかと、思ってみるんです。
そうするしないは別にして、
なるほどそういう考え方もあるのか?と思うだけでもいいですね。
ぜひお奨めします。
さてさて、ところが現実はどうか?
われわれは世間の情報に振り回されるわけです.
企業はモノを売るのが目的だから
いかにこれがあったら面白くなるか、生活が快適になるかって
ガンガン宣伝しています。
なかには、幸せになるには、これを買いなさい、
あれが必要だ!
セミナーの参加料は3万円です。このダイエットプランは
10万円コースです!・・・みたいな
ものばかりが氾濫していますから、
結局お金がたくさん無いと、
どうにもならない感じがしてきます。
改めて言いますが、
本当に貧乏でもブサイクでも幸せになります。
だからそのための投資的お金はほとんど要らない。
考え方を変えるだけです。
人の劣等感を刺激して不安を感じさせ、
それで消費意欲を駆り立てる商売が多すぎます。
消費者はもっと賢くなったほうがいい。
冷静に見れば、買っても買わなくてもいいようなものばかりです。
基本的に見栄えが良くなりたいという欲求は誰にもあります。
経済的に余裕があればそのための投資は幾らでもやるでしょう。
問題は余裕がそれほどなかったら、つまり欲しいんだけど買えない、
サービスが受けられないということが多くなると、
不幸を感じてくるでしょう。
そこで思い出して欲しい事は、価値観の変化です。
いまこれが欲しいと思っているけど、
たぶん3年立ったらどうでも良くなるのかも知れないと
思うようにします。
賢い人はさらに踏込んで、こういう類に憧れるから、
人間はお金に苦労するんだなあ・・・と思えばいいわけです。
世間が騒いでいるからイイに違いない、
だから私も欲しいではなくて、
バカな世間だなあ・・・わたしは今のこの洋服で十分なのよ・・・
と買う気もしない人が、実は一番幸せかも知れません。
自信があるからです。
ぜひやったほうがいいのは、自分の経済状況に合わせて、
好みを自分で切り替えていくことです。
貧乏な人が高級ブランドを好んだら悲惨な状態になるわけです。
情報誌の宣伝文をバカみたいに信じるのではなく、
そう簡単に企業の罠にはまらんぞ! 勝手に価値観を決めるな!
ぐらいの観察眼で読むといいんじゃないか。
そして自分の価値観を「素朴」なものに
少しづつシフトしていくようにします。
好みは人それぞれだから自分の生活が楽になるような、
自分ブランドを作り上げていけばいいのです。
【編集後記】
次回は人間関係について考えてみます。心が楽になるような友達関係ですね。
幸せになるには良い友人が出来るかどうかにかかっているといってもいいぐらい、重要なポイントになってきます。だいたい自分がロクでもない事が多いですから、考え方が素朴で安定している人がいいですね。
それから知り合いに不幸そうな人がいると思いますから、そういう人にはぜひこのメルマガを薦めましょう!もちろん自分がそもそも不幸そのものだ!と思われる方は石に齧りつくようにこのメルマガに人生をかけてみましょう!
社会は自然現象のように、ますます変化が激しくなってきました。そういう中で溢れかえる“最新情報”というものに、ついつい振り回されがちですが、そんな時は素朴な原点に戻ることが何よりです。
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◇◆◇貧乏でもブサイクでも幸せになる方法(創刊号)◇◆◇
発行責任者 看板太郎 fantasanta@mail.goo.ne.jp
魚のてんぷら
2008年03月16日
魚の天麩羅を1個の漢字にするとこうなりました。
こういうTシャツも面白いと思いませんか?
沖縄ではマグロをてんぷらにする習慣がありますが、
結構美味しいのになんで本土では作らないんだろうかと昔思っていたころがあります。
外国にもあまり無いらしい。
マグロの値段が上がればなおさら作る気はしなくなりますね。
そんな疑問が最近ほどけたのがテレビ番組の「プロフェッショナル」でした。
ある新進気鋭のフレンチ若手シェフがマグロを使ってフランス料理に挑戦する
という設定なのですが、フレンチではマグロ料理はご法度だと言うのです。
それで聞いていてなるほどと思ったのは、
マグロを煮たり焼いたりすると油が少ないのでパサパサになるし、
マグロ独特の酸味や甘さも飛んでしまうから、ナマで食するのを最上とするらしい。
んでなるほど本土では寿司や刺身でしか食わないのかと関心したわけですが、
すると沖縄の食習慣に組み込まれているマグロの天麩羅の価値観なり
ウチナーンチュの口はどうなるんだと思ったりしたのですが、その点どうなんでしょうか?
美味しいからまあいいじゃないかということにするしかないですか。
ようするに「マグロを焼く」というのは贅沢な話でありまして、
沖縄人はものすごく贅沢なものを食っているという意味もあるし、
口がおかしい!ということもいえます。
極秘情報でした(--;)
島豆腐
2008年03月16日
島豆腐のイメージは健康にいいという
イメージがあるのですが、
現実はいろんな問題が隠されています。
原料は輸入大豆ですから、遺伝子組み換えを
使用しているし、しかも農薬入りです。
農薬入り豆腐を食べているわけです。
次に生産工程で出る汚水です。
豆腐の廃棄生汁は3万6千ppmという凄まじいもので
20ppmに落として排水するという環境基準からすると
絵に描いた餅のような現状です。
沖縄の経済状況からすると、保健所も強く指導できず、
見て見ぬふりしているのが現状です。
大豆の高騰でただでさえ瀕死の状況ですから・・・。
先週沖縄で一番大きな豆腐屋さん、
中村豆腐工場に行ってきました。
知念村の高台にISO22000という最高ランクの
基準を持った工場を作っちゃったようですね。
くるくまの傍にありますよ。
ここの社長、中村さんも変なオヤジですけども
まあいつも振り回されております(--:)
まあ大きいところはいいですが、
問題は個人営業の豆腐屋さんですね。
昔の味がキープできるでしょうかね?
ところで本土の豆腐より沖縄の豆腐が何故美味しいかですが、
これは沖縄豆腐は生絞りだからです。
本土は豆を炊き込んでから磨り潰すのですが、
沖縄は水でふやかしてから、細かく粉砕してゆがいていきます。
では何故そういうやり方をしたら美味しくなるのかということなのですが、
この話は次回にします(^^)
心がとっても楽になる方法
2008年03月16日
心がとっても楽になる方法
人間のバカさ加減が本当に分って来ると、
自分が可愛く楽しく
幸せに感じるようになります。
そして心が楽になってくると、
強がりが自然と消えてきて、
貴方を助けてくれる人が現れてきます。
本当に心が楽になるのか?
ちょっとだけ読んで見て下さい。
プロローグ
人のいい人ほど、思いの切り替えが上手ではないと言います。傷つき易く心配症でもあるでしょう。人の言葉にすぐ踊らされやすいし、周囲の目を気にして、ついついおりこーさんを演じてみたり、強がり屋さんであったりして、家に帰ってから、グダーッとなってしまう。昼間神経を擦り減らして生きている分量そうなってしまうわけで自分がどうにもならないでいます。
自分はどちらかというと負け組みなのですが、それでもなんとかかんとか生きています。もちろん過去にいろいろ失敗してますから、後悔している部分もかなりあります。基本的に心が弱く面倒なことから逃げるタイプなので、つくづくあの時あーすればよかったんだなあー・・・と間違いパターンをそれなりに理解できるようになってきました。だからこれからの若い人に同じ徹を踏んで欲しくないので、予防策としてちょっと伝えてみたい気がしました。軽い気持ちで仕事をしているとだんだん給料は下がって来るとか、こういう態度を取ると干されるとか女に嫌われるとか、男に相手にされなくなるとか結婚できなくなるとか、首になるとかです(^^;)
それにしても、人間したたかに負けてみないと分らないところがあります。負けて自分の現実が見えてくるようで、若い頃は理想が空回り(今でもそう)しているからすぐにうまく行くような錯覚を持ってしまうために、後が大変になるわけです。準備不足なのです。そして挫折感をひしひしと味わうわけですね。(--;)
ただ今だからこう言えるわけでして、当時は心の弱さが原因だと思っていました。つまり強いハートが決め手なのだと思っていました。
知り合いに5千万円借金している人がいました。私もその頃300万円ほど借金があったわけですが、面白いと思いました。300万円の借金で深刻になっている自分のようなものもいれば、5千万円の借金を抱えて、ひょうひょうと生きている人間もいるのです。最初は呆れて見てました。そんな姿勢だから仕事がうまくいかないんだ!となじっていたのですが、だんだん凄いなあと感心するようになっていった。自己破産者でもありませんから、逃げてもいません。ちゃんと少しずつ返済しています。それで元気に生きているわけです。確か6人家族で子供の教育費なんか考えたら、親としてさぞかし惨めな状態だと思うのですが、子供は明るく育っています。凄いと思いませんか?何が凄いって、明るい子供たちであるということがです。こんな凄い話無いですよ。ですから多少バカなのかも知れませんが、彼をそれなりに、尊敬しています(^^;)
このしぶとさというか、打っても叩いてもそう簡単に死なないゴキブリのような生命力! わたしも欲しいと思ったです。才能は先天的なものもあるし、職能的なものはコツコツ磨いていくしかないですが、しぶとい心というのは、一番ポイントが高い気がします。全ての対象を認識する大元が心ですから、その心が強くなればオールマイティーでうまく行く感じがするわけです。ですから強い鉄のような心臓こそ重要だと思っていました。
ところがです。(ーー;)
問題は、キーワードが強いハートだと思うと、単純に間違えやすいのは強がってしまうパターンで、これで何度失敗したか数え切れないのです。冒頭でも述べたように若い時機は自惚れていますから、それに輪をかけて強気でいきます。ところがまったく準備不足で中途半端ですから、たちまち挫折するのです。ほとんど間違えっ放し状態だったですね。格好つけるというか粋がるというか、それがポリシーのように習い性になっていた。強いハートと強がりの世界は天国と地獄ぐらいレベルが違うのですが、それがまったく見えていなかったです。だからやることなすことどうしても勘違いしてしまいます。
それで最近なるほどなあと思うようになった。確かに心は強い方がいいのですが、それはどういうことかというと、強がらないということだったのです。
本当に心の世界は面白いです。ハートを強くするんだ!と思うとみんな強がっていくんですが、ところが真実は強がらない生き方をすることが強いハートなわけです。(^^;)
なんて心はへんてこりんなのでしょうか(^^;)なんて人間はバカなのでしょう。あまりにもバカすぎます。
強がってしまったおかげでどれだけチャンスを逃したか? 仕事を失ったか? 婚期を逸し、失望し、気が付いた時は社会からも相手にされないような年齢になってしまったわけです。それは自分の事でもありますが、いずれにせよ強い心というのが、強がらないことなんだということが最近やっと分ってきた次第です。2,3日前知ったという感じです。情けないったらありゃしません。
まあそうやって完璧に勘違いして生きてきた結果、強がらないことだということは分ったわけですが、じゃあ弱がればいいのか?ということでして、そこが正直いって微妙なものを感じます(--;)
弱がっていると、消極的、失望的、病的、鬱的になる感じがするわけです。当然こういう状態が楽しいわけがないわけで、それで目いっぱい気分を変えるために、楽しいテレビを見、ネットをし、友達とお喋りし、外に遊びに出かけたくなってきます。人によってはサッカー場で騒いだり、芸能人を追っかけたり、ヤフーのメッセンジャーで交流したり、ワイワイガヤガヤしたところに足が向いてしまいます。オジサンだったら、居酒屋とか、赤提灯とかです・・。またこういう感じで分った風なことを言って、分った風な気持ちになって一人満足したくなるわけですよ。
もちろん意識しなくても、落ち込み現象として弱がってしまうから、自然とそうなるわけですが、問題はそのライフサイクルで満足出来るならそれでいいのですが、やっぱりどこか心の中に穴が空いている感じなのです。
どうしたらいいのでしょうか?
結論を急ぐ前に別な角度から見てみます・・・
ビジネスの世界ではメンタルトレーニングということでいろいろ研修します。そこでは強気の哲学を叩きこまれます。しかしそもそも私の場合強気でいって失敗する最悪のタイプですので、ろくに考えもせず計画性もあまり無く行動する為にほとんど途中で挫折してしまうのです。特に資金繰りで・・・。ですからそれでポンと飛びつくようにお金をドブに捨てるわけです。ネットワークビジネスだ!ってポンとモノを買って、全然売れない(--;)というハメになる感じですね。最悪(--;)
まあそうやってバカやっているうちにです。強がっている自分がだんだんと見えてくるに従って落ち込む事が少なくなってきたのも事実なのです。まあ成功もしないけど落ち込みもしないという変な世界が出来上がってきたのでした。若いときはそうじゃなかったです。目一杯自信を持ってやりますから、外すと地獄の底までまっしぐらで落ちていきます。成功もしないで落ちていくのですから、今のほうがまだマシですね。
これは自分の実体験です。若い時代は何故か強がってましたから、なにかあると奈落の底まで落ち込んでいきました。そんで自暴自棄になっていきます。性格がもっと悪かったら、ヤケのやんぱちになって人殺しでも始めたのかも知れませんが、さすがに刑務所にまで行く気にはなりませんでした。
若い人で、引きこもりになったりリスカをやったり、過食症・拒食症・うつ病その他いろいろなバージョンで苦しむわけですが、ほんともうほとほと自分が嫌になってきますね。人前でいいとこ見せたい、恥を掻きたくないと気を張ってしまうから、人の中にいるのが疲れるわけです。
そのうちだんだんと大人になっていきまして、あまり強がらず、弱さが出せるようになっていくに従い、落ち込み係数が低くなっていったわけですが、普段から弱がっているから、失敗しても差があまり無いというか、まあ当然のように思えるのでしょう・・・。その点強がっているとそうはいきません。人前で威勢のいいこと言ってますから、ずっこけたら最後その惨めさは半端じゃありませんから、「もうどうしよう・・・・」という感じの夜になります。
人間年齢を重ねていくとある程度このあたりの道理が分ってきます。強がっていると損するな・・・自分を守る事に汲々とすると疲れるな・・・ということが分ってきますから、徐々にカミングアウトするんじゃないでしょうか?
傷つき易い心はそれはそれで役に立つと言います。そのことによって人間的に注意深くなっていくし、こういう発言をされたら人は傷付くから、こんな言い方をしたらいけないと思えたら、その気付きが人から好意を持たれる材料にもなります。
ただ傷つき易い心をそのままにしたら何時まで経っても傷ついて苦しいわけだから、そこは図太い神経になる必要があって、どうしたらいいかですが、それがこのコーナーのテーマになってきます。読んでいるうちに(書いているうちに)自然と心の鎧が解けていくような世界が出来ないかとは思っているのですが・・・。
心が寂しくもがいているのは、心が脆すぎるからで、一見して気が強く見える人ほど、意外と傷つき易い人が多いそうです。そこでその防御策として、先手必勝で強く出るという習性を身につけてしまった人が成功したりします。人をからかう事が好きな傾向の人も同じで、自分が笑われるとそれを倍にして返します。自分が侮られないようにするためにそういう先手必勝型の習性を身につけていきます。
とにかくいろんな自己表現の方法があるでしょうが、究極は柔軟な発想を持った心だと思いますよ(^^;)これさえあれば他は何もいりません!と言えるほど、決定的に心を楽にさせてくれる感じがします。心は1日24時間ついて回っているし、対象はいろいろあってもそれを認識するのは心一つですから、そのベースの心が水のように柔軟になれたら、楽ですよ。現代はガチガチにナリガチですよね。人の話を良く聞かないし、注意されても納得しないです。
人間の究極の目標は「楽」なんじゃないでしょうか? 楽であるなら、少々才能が無かろうが、頭が悪かろうが、見た目が悪かろうが、お金が無かろうがどうという問題では無くなるわけで、楽でない理由を、何かのせいにしている事が多いです。自分の心が我を張っているだけで、その言う事を聞かない自分、どうにもならない自分が、本当は楽な状況にありながら、楽じゃないと思っているわけでしょう。ベットでゴローンと横になることほど楽な事は無いのに苦しいって思っているから、漫画だといえば、漫画です。
いい意味で心臓が強くなりたいですね。心配症も消えるし、無駄な行動もしなくなるし、仕事上の成功不成功、会社が潰れた、病気になったということも、どうという問題では無くなってくる感じです。
メーテルリンクの「青い鳥」という寓話があります。幸せを探して旅に出るのですが、見つかりません。諦めて家に帰ってきたら、なんとおうちに幸せの鳥がいた。これは身近なところに幸福があるということを語っているらしいのですが、心の中に幸せがあると解釈した方が作者は喜ぶと思いますね。
とにかく現代人(自分)はキョロキョロし過ぎです。あれが欲しい!こうなって欲しい・・・あっちの職場が・・・こっちの仕事が・・・もっといい人いないかなあ・・・と思う前に、もっと遥かに必要なものが強い自分の心でしょう。それが手に入ったら、もう何も要らないといえるぐらいのものなのですが、なんとそれは、基本的にすでに手中に収めています。自分の心が強いだけで幸せになれるわけだから、強く思えばいいということなのでした。
ところで、心が楽になる、幸せを感じる方法は大きく分けてふたつあるようです。つまり目的地に行くのに、あちらこちらで買い食いして寄り道して行くか、それともわき目もふらずに即“幸せ便”に乗るかという二つの選択肢であり、一般世間的には自由気ままな買い食いの道が常識になっているでしょう。友達とのショッピングは楽しいし、華やかな世界につかっていると自分が最先端に見えたりします。またディズニーランドのように賑やかなほうがワクワクするというのもいれば、心が恐怖に怯えている人は、ニシキヘビのようにじっとしていた方が幸せです。
ところがもう一つの道、楽しまないで、遊ばないで、即、幸せ便に乗ってしまうという世界もあるのです。どういうことかというと、世間的欲求丸出しの求め方というのは、お金が幾らあっても足りないので、ある程度経済的に余裕がないとストレスが逆に溜まっていきます。食べたいけど食べられない、買いたいけど買えない、やりたいけどやれないことが多いですから、楽を求めながら、いつも不満なわけです。ましてや友達がお金持ちで、いつも優雅でモテて楽しそうにしていたら、こっちはうつ病になってしまいます。娑婆というのはまあそういう世界でもあるので、もうこんな世界なんか嫌だ!ということで世間を超越して生きるようになっていくわけです。
つまりです。お金があまり無くても楽になる方法があるなら、知ったほうがいいわけで、しかもお金を持った生き方よりもっと楽になるという話ならなおさら理解した方がいいでしょう。そんな世界があるのかというとあるんですよ(^^)。超貧乏でも幸せになる方法があるんです。しかも大金持ちよりもです。
しかも足が太くても、ブスでも、頭が悪くても、能力が無くても、孤独でも老人でも、足が無くても、大変な病気でも、超貧乏でも、誰でも幸せになれる道があります。
どこにあるのか?
ここです(^^)V
ここにあるんですよ!
ここです。ここ!
どんな人間でも幸せになる方法が
あるのです。
全然綺麗で無くても幸福になれる世界があります。
まったくお金が無くても大金持ちより満足して生きる方法があります。
孤独なのに超楽しく、とっても面白い世界があるのです。
(^^;)
嘘だと思ったら
たまにこのサイトに来て、遊んでいってください。
だんだんと分ってきますから。
心がもうちょっと楽になる方法
(美容・健康・ダイエット超越法)
サブタイトルは世俗的な言い回しで超越法とあります。超越して初めて、その下の世界が理解できるというわけですが、本質が知りたいなら鳥のように俯瞰して大地(迷路)を見るしかありません。迷いの世界でぐるぐるとネズミのように這いずり周り、自分の人生これでいいのかなあ?と疑問符状態で生きていると死ぬまで疑問符状態で終わってしまいます。
ここが人生の妙であり宇宙の神秘なんだろうと思います。楽な世界は心のセンターにあるのでそこで住めばいいだけのことですが、そんな世界があるかと思うわけです。そして永遠に迷いの箱から抜け出そうとしません。「人生は悩み苦しみ、迷うものだ!」と、救いようが無いほど文学人を気取って強がって死んでいく人が多いです。
今のレベルをもし卒業したいというのなら、今のレベル(価値観)を捨てる必要があるし、捨てるから次の段階に上がれます。旧態依然とした自分の価値観を徹底的に捨ててください。根こそぎです。そして子供であろうがミミズであろうが、猫であろうがどこの馬の骨だろうが、素晴らしいと思ったら謙虚に学んでいくようにします。自分の価値感を大事にしていることを、井戸の中の蛙といって、まったく世界は広がらないし、暗いし、じめじめしています。
人間は誰しも何かを求めながら生きています。何かを求めているその何かとはなんでしょうか?当り前のものを求めているんでしょうか?1万円出したら買えるようなそんな他愛もないものを求めているんでしょうか?そんなオモチャのような世界の楽しみは、硝子細工の幸せでしかなくて、最後は悲しくぶち壊れて終わります。例外は、ありません。
本当に例外は無いです。最後はみんな悲しい幕引きをします。強がれば強がるほど悲しい結果が待っています。物的に恵まれた人生ほど、最終結果は惨めなものになっていきます。誰もが羨むような温かい家族の一人の死ほど悲しいものはないように・・・。
本当は誰でも簡単に幸せになれます。一人残らず簡単に幸せになれます。それは今、自分の心が幸せだなあ~、と、思うだけの、程度の、話でしかありません。その思いを、5分、10分と増やしていけばいいわけです。
若い頃は失敗ばかりしていました。今でも失敗しているかもしれません。(--;)しかし落ち込むということは無くなりました。それは自分のバカさ加減に感謝しているからです。あーこんなにバカだったのか!こんなにアホだったとは思わなかった!あーまた少し自分を知ることが出来て進歩したなあ~と思うわけです。(^^;)
知らないこと、気がつかなかったことに気が付いたわけですから、関心したらいいんですね。凹んでいる場合じゃないんですね。
だから失敗したら感謝するといいですよ。信じられないかも知れ無いですが、今は怒った事もないし、喧嘩したこともありません。怒る対象が無いです。みんな面白く可愛いですよ。自分も含めて人類はみんなバカ丸ダシで生きています。(--;)
ほとんどの人間は自分の強がり度が見えていません。強がっているから、苦しさを感じるわけです。強がっているから、心が裸に出来ません。みんな強がっているから、素直に話も出来ない。強がっているから、負ける事を恐れ逃げてばかりいます。そして強がっているから、助けてくれる人もいないわけです。
話を少し戻します。
強く生きようとしたら強がってしまう。しかし強がらない事が、強く生きることである。かといって弱がっていたら頭がおかしくなってきます・・・
そこでまとめです。
これは旧態依然とした発想では解決しないということでもあります。迷路から抜け出すには、鳥のように空から俯瞰する必要があります。そして出口から辿っていけばすぐに答えは見つかるでしょう。
また数学論的インド哲学の世界なんかでは、迷路は存在しません。壁は存在しないです。人生には壁がつきものですが、壁は本当はありません。道しかないです。どういうことかというと、壁にそって歩いていくと、必ず出られるのです(^^)。つまり心の障壁は、無いのです。ドン詰まりの道って心には無いわけです。
ですから今これが最善だと思った道を進めばいいわけです。そして5分でもいいから「今幸せだなあ~」と思える時間を作って、1日1日その期間を長くしていきます。後は出来るだけ気が付く範囲で自分の強がり度を調べてみるといいですね。
次回は、なんで感謝できないのか?なんで凹んでしまうのか
そんな事を書いてみます。
人間のバカさ加減が本当に分って来ると、
自分が可愛く楽しく
幸せに感じるようになります。
そして心が楽になってくると、
強がりが自然と消えてきて、
貴方を助けてくれる人が現れてきます。
本当に心が楽になるのか?
ちょっとだけ読んで見て下さい。
プロローグ
人のいい人ほど、思いの切り替えが上手ではないと言います。傷つき易く心配症でもあるでしょう。人の言葉にすぐ踊らされやすいし、周囲の目を気にして、ついついおりこーさんを演じてみたり、強がり屋さんであったりして、家に帰ってから、グダーッとなってしまう。昼間神経を擦り減らして生きている分量そうなってしまうわけで自分がどうにもならないでいます。
自分はどちらかというと負け組みなのですが、それでもなんとかかんとか生きています。もちろん過去にいろいろ失敗してますから、後悔している部分もかなりあります。基本的に心が弱く面倒なことから逃げるタイプなので、つくづくあの時あーすればよかったんだなあー・・・と間違いパターンをそれなりに理解できるようになってきました。だからこれからの若い人に同じ徹を踏んで欲しくないので、予防策としてちょっと伝えてみたい気がしました。軽い気持ちで仕事をしているとだんだん給料は下がって来るとか、こういう態度を取ると干されるとか女に嫌われるとか、男に相手にされなくなるとか結婚できなくなるとか、首になるとかです(^^;)
それにしても、人間したたかに負けてみないと分らないところがあります。負けて自分の現実が見えてくるようで、若い頃は理想が空回り(今でもそう)しているからすぐにうまく行くような錯覚を持ってしまうために、後が大変になるわけです。準備不足なのです。そして挫折感をひしひしと味わうわけですね。(--;)
ただ今だからこう言えるわけでして、当時は心の弱さが原因だと思っていました。つまり強いハートが決め手なのだと思っていました。
知り合いに5千万円借金している人がいました。私もその頃300万円ほど借金があったわけですが、面白いと思いました。300万円の借金で深刻になっている自分のようなものもいれば、5千万円の借金を抱えて、ひょうひょうと生きている人間もいるのです。最初は呆れて見てました。そんな姿勢だから仕事がうまくいかないんだ!となじっていたのですが、だんだん凄いなあと感心するようになっていった。自己破産者でもありませんから、逃げてもいません。ちゃんと少しずつ返済しています。それで元気に生きているわけです。確か6人家族で子供の教育費なんか考えたら、親としてさぞかし惨めな状態だと思うのですが、子供は明るく育っています。凄いと思いませんか?何が凄いって、明るい子供たちであるということがです。こんな凄い話無いですよ。ですから多少バカなのかも知れませんが、彼をそれなりに、尊敬しています(^^;)
このしぶとさというか、打っても叩いてもそう簡単に死なないゴキブリのような生命力! わたしも欲しいと思ったです。才能は先天的なものもあるし、職能的なものはコツコツ磨いていくしかないですが、しぶとい心というのは、一番ポイントが高い気がします。全ての対象を認識する大元が心ですから、その心が強くなればオールマイティーでうまく行く感じがするわけです。ですから強い鉄のような心臓こそ重要だと思っていました。
ところがです。(ーー;)
問題は、キーワードが強いハートだと思うと、単純に間違えやすいのは強がってしまうパターンで、これで何度失敗したか数え切れないのです。冒頭でも述べたように若い時機は自惚れていますから、それに輪をかけて強気でいきます。ところがまったく準備不足で中途半端ですから、たちまち挫折するのです。ほとんど間違えっ放し状態だったですね。格好つけるというか粋がるというか、それがポリシーのように習い性になっていた。強いハートと強がりの世界は天国と地獄ぐらいレベルが違うのですが、それがまったく見えていなかったです。だからやることなすことどうしても勘違いしてしまいます。
それで最近なるほどなあと思うようになった。確かに心は強い方がいいのですが、それはどういうことかというと、強がらないということだったのです。
本当に心の世界は面白いです。ハートを強くするんだ!と思うとみんな強がっていくんですが、ところが真実は強がらない生き方をすることが強いハートなわけです。(^^;)
なんて心はへんてこりんなのでしょうか(^^;)なんて人間はバカなのでしょう。あまりにもバカすぎます。
強がってしまったおかげでどれだけチャンスを逃したか? 仕事を失ったか? 婚期を逸し、失望し、気が付いた時は社会からも相手にされないような年齢になってしまったわけです。それは自分の事でもありますが、いずれにせよ強い心というのが、強がらないことなんだということが最近やっと分ってきた次第です。2,3日前知ったという感じです。情けないったらありゃしません。
まあそうやって完璧に勘違いして生きてきた結果、強がらないことだということは分ったわけですが、じゃあ弱がればいいのか?ということでして、そこが正直いって微妙なものを感じます(--;)
弱がっていると、消極的、失望的、病的、鬱的になる感じがするわけです。当然こういう状態が楽しいわけがないわけで、それで目いっぱい気分を変えるために、楽しいテレビを見、ネットをし、友達とお喋りし、外に遊びに出かけたくなってきます。人によってはサッカー場で騒いだり、芸能人を追っかけたり、ヤフーのメッセンジャーで交流したり、ワイワイガヤガヤしたところに足が向いてしまいます。オジサンだったら、居酒屋とか、赤提灯とかです・・。またこういう感じで分った風なことを言って、分った風な気持ちになって一人満足したくなるわけですよ。
もちろん意識しなくても、落ち込み現象として弱がってしまうから、自然とそうなるわけですが、問題はそのライフサイクルで満足出来るならそれでいいのですが、やっぱりどこか心の中に穴が空いている感じなのです。
どうしたらいいのでしょうか?
結論を急ぐ前に別な角度から見てみます・・・
ビジネスの世界ではメンタルトレーニングということでいろいろ研修します。そこでは強気の哲学を叩きこまれます。しかしそもそも私の場合強気でいって失敗する最悪のタイプですので、ろくに考えもせず計画性もあまり無く行動する為にほとんど途中で挫折してしまうのです。特に資金繰りで・・・。ですからそれでポンと飛びつくようにお金をドブに捨てるわけです。ネットワークビジネスだ!ってポンとモノを買って、全然売れない(--;)というハメになる感じですね。最悪(--;)
まあそうやってバカやっているうちにです。強がっている自分がだんだんと見えてくるに従って落ち込む事が少なくなってきたのも事実なのです。まあ成功もしないけど落ち込みもしないという変な世界が出来上がってきたのでした。若いときはそうじゃなかったです。目一杯自信を持ってやりますから、外すと地獄の底までまっしぐらで落ちていきます。成功もしないで落ちていくのですから、今のほうがまだマシですね。
これは自分の実体験です。若い時代は何故か強がってましたから、なにかあると奈落の底まで落ち込んでいきました。そんで自暴自棄になっていきます。性格がもっと悪かったら、ヤケのやんぱちになって人殺しでも始めたのかも知れませんが、さすがに刑務所にまで行く気にはなりませんでした。
若い人で、引きこもりになったりリスカをやったり、過食症・拒食症・うつ病その他いろいろなバージョンで苦しむわけですが、ほんともうほとほと自分が嫌になってきますね。人前でいいとこ見せたい、恥を掻きたくないと気を張ってしまうから、人の中にいるのが疲れるわけです。
そのうちだんだんと大人になっていきまして、あまり強がらず、弱さが出せるようになっていくに従い、落ち込み係数が低くなっていったわけですが、普段から弱がっているから、失敗しても差があまり無いというか、まあ当然のように思えるのでしょう・・・。その点強がっているとそうはいきません。人前で威勢のいいこと言ってますから、ずっこけたら最後その惨めさは半端じゃありませんから、「もうどうしよう・・・・」という感じの夜になります。
人間年齢を重ねていくとある程度このあたりの道理が分ってきます。強がっていると損するな・・・自分を守る事に汲々とすると疲れるな・・・ということが分ってきますから、徐々にカミングアウトするんじゃないでしょうか?
傷つき易い心はそれはそれで役に立つと言います。そのことによって人間的に注意深くなっていくし、こういう発言をされたら人は傷付くから、こんな言い方をしたらいけないと思えたら、その気付きが人から好意を持たれる材料にもなります。
ただ傷つき易い心をそのままにしたら何時まで経っても傷ついて苦しいわけだから、そこは図太い神経になる必要があって、どうしたらいいかですが、それがこのコーナーのテーマになってきます。読んでいるうちに(書いているうちに)自然と心の鎧が解けていくような世界が出来ないかとは思っているのですが・・・。
心が寂しくもがいているのは、心が脆すぎるからで、一見して気が強く見える人ほど、意外と傷つき易い人が多いそうです。そこでその防御策として、先手必勝で強く出るという習性を身につけてしまった人が成功したりします。人をからかう事が好きな傾向の人も同じで、自分が笑われるとそれを倍にして返します。自分が侮られないようにするためにそういう先手必勝型の習性を身につけていきます。
とにかくいろんな自己表現の方法があるでしょうが、究極は柔軟な発想を持った心だと思いますよ(^^;)これさえあれば他は何もいりません!と言えるほど、決定的に心を楽にさせてくれる感じがします。心は1日24時間ついて回っているし、対象はいろいろあってもそれを認識するのは心一つですから、そのベースの心が水のように柔軟になれたら、楽ですよ。現代はガチガチにナリガチですよね。人の話を良く聞かないし、注意されても納得しないです。
人間の究極の目標は「楽」なんじゃないでしょうか? 楽であるなら、少々才能が無かろうが、頭が悪かろうが、見た目が悪かろうが、お金が無かろうがどうという問題では無くなるわけで、楽でない理由を、何かのせいにしている事が多いです。自分の心が我を張っているだけで、その言う事を聞かない自分、どうにもならない自分が、本当は楽な状況にありながら、楽じゃないと思っているわけでしょう。ベットでゴローンと横になることほど楽な事は無いのに苦しいって思っているから、漫画だといえば、漫画です。
いい意味で心臓が強くなりたいですね。心配症も消えるし、無駄な行動もしなくなるし、仕事上の成功不成功、会社が潰れた、病気になったということも、どうという問題では無くなってくる感じです。
メーテルリンクの「青い鳥」という寓話があります。幸せを探して旅に出るのですが、見つかりません。諦めて家に帰ってきたら、なんとおうちに幸せの鳥がいた。これは身近なところに幸福があるということを語っているらしいのですが、心の中に幸せがあると解釈した方が作者は喜ぶと思いますね。
とにかく現代人(自分)はキョロキョロし過ぎです。あれが欲しい!こうなって欲しい・・・あっちの職場が・・・こっちの仕事が・・・もっといい人いないかなあ・・・と思う前に、もっと遥かに必要なものが強い自分の心でしょう。それが手に入ったら、もう何も要らないといえるぐらいのものなのですが、なんとそれは、基本的にすでに手中に収めています。自分の心が強いだけで幸せになれるわけだから、強く思えばいいということなのでした。
ところで、心が楽になる、幸せを感じる方法は大きく分けてふたつあるようです。つまり目的地に行くのに、あちらこちらで買い食いして寄り道して行くか、それともわき目もふらずに即“幸せ便”に乗るかという二つの選択肢であり、一般世間的には自由気ままな買い食いの道が常識になっているでしょう。友達とのショッピングは楽しいし、華やかな世界につかっていると自分が最先端に見えたりします。またディズニーランドのように賑やかなほうがワクワクするというのもいれば、心が恐怖に怯えている人は、ニシキヘビのようにじっとしていた方が幸せです。
ところがもう一つの道、楽しまないで、遊ばないで、即、幸せ便に乗ってしまうという世界もあるのです。どういうことかというと、世間的欲求丸出しの求め方というのは、お金が幾らあっても足りないので、ある程度経済的に余裕がないとストレスが逆に溜まっていきます。食べたいけど食べられない、買いたいけど買えない、やりたいけどやれないことが多いですから、楽を求めながら、いつも不満なわけです。ましてや友達がお金持ちで、いつも優雅でモテて楽しそうにしていたら、こっちはうつ病になってしまいます。娑婆というのはまあそういう世界でもあるので、もうこんな世界なんか嫌だ!ということで世間を超越して生きるようになっていくわけです。
つまりです。お金があまり無くても楽になる方法があるなら、知ったほうがいいわけで、しかもお金を持った生き方よりもっと楽になるという話ならなおさら理解した方がいいでしょう。そんな世界があるのかというとあるんですよ(^^)。超貧乏でも幸せになる方法があるんです。しかも大金持ちよりもです。
しかも足が太くても、ブスでも、頭が悪くても、能力が無くても、孤独でも老人でも、足が無くても、大変な病気でも、超貧乏でも、誰でも幸せになれる道があります。
どこにあるのか?
ここです(^^)V
ここにあるんですよ!
ここです。ここ!
どんな人間でも幸せになる方法が
あるのです。
全然綺麗で無くても幸福になれる世界があります。
まったくお金が無くても大金持ちより満足して生きる方法があります。
孤独なのに超楽しく、とっても面白い世界があるのです。
(^^;)
嘘だと思ったら
たまにこのサイトに来て、遊んでいってください。
だんだんと分ってきますから。
心がもうちょっと楽になる方法
(美容・健康・ダイエット超越法)
サブタイトルは世俗的な言い回しで超越法とあります。超越して初めて、その下の世界が理解できるというわけですが、本質が知りたいなら鳥のように俯瞰して大地(迷路)を見るしかありません。迷いの世界でぐるぐるとネズミのように這いずり周り、自分の人生これでいいのかなあ?と疑問符状態で生きていると死ぬまで疑問符状態で終わってしまいます。
ここが人生の妙であり宇宙の神秘なんだろうと思います。楽な世界は心のセンターにあるのでそこで住めばいいだけのことですが、そんな世界があるかと思うわけです。そして永遠に迷いの箱から抜け出そうとしません。「人生は悩み苦しみ、迷うものだ!」と、救いようが無いほど文学人を気取って強がって死んでいく人が多いです。
今のレベルをもし卒業したいというのなら、今のレベル(価値観)を捨てる必要があるし、捨てるから次の段階に上がれます。旧態依然とした自分の価値観を徹底的に捨ててください。根こそぎです。そして子供であろうがミミズであろうが、猫であろうがどこの馬の骨だろうが、素晴らしいと思ったら謙虚に学んでいくようにします。自分の価値感を大事にしていることを、井戸の中の蛙といって、まったく世界は広がらないし、暗いし、じめじめしています。
人間は誰しも何かを求めながら生きています。何かを求めているその何かとはなんでしょうか?当り前のものを求めているんでしょうか?1万円出したら買えるようなそんな他愛もないものを求めているんでしょうか?そんなオモチャのような世界の楽しみは、硝子細工の幸せでしかなくて、最後は悲しくぶち壊れて終わります。例外は、ありません。
本当に例外は無いです。最後はみんな悲しい幕引きをします。強がれば強がるほど悲しい結果が待っています。物的に恵まれた人生ほど、最終結果は惨めなものになっていきます。誰もが羨むような温かい家族の一人の死ほど悲しいものはないように・・・。
本当は誰でも簡単に幸せになれます。一人残らず簡単に幸せになれます。それは今、自分の心が幸せだなあ~、と、思うだけの、程度の、話でしかありません。その思いを、5分、10分と増やしていけばいいわけです。
若い頃は失敗ばかりしていました。今でも失敗しているかもしれません。(--;)しかし落ち込むということは無くなりました。それは自分のバカさ加減に感謝しているからです。あーこんなにバカだったのか!こんなにアホだったとは思わなかった!あーまた少し自分を知ることが出来て進歩したなあ~と思うわけです。(^^;)
知らないこと、気がつかなかったことに気が付いたわけですから、関心したらいいんですね。凹んでいる場合じゃないんですね。
だから失敗したら感謝するといいですよ。信じられないかも知れ無いですが、今は怒った事もないし、喧嘩したこともありません。怒る対象が無いです。みんな面白く可愛いですよ。自分も含めて人類はみんなバカ丸ダシで生きています。(--;)
ほとんどの人間は自分の強がり度が見えていません。強がっているから、苦しさを感じるわけです。強がっているから、心が裸に出来ません。みんな強がっているから、素直に話も出来ない。強がっているから、負ける事を恐れ逃げてばかりいます。そして強がっているから、助けてくれる人もいないわけです。
話を少し戻します。
強く生きようとしたら強がってしまう。しかし強がらない事が、強く生きることである。かといって弱がっていたら頭がおかしくなってきます・・・
そこでまとめです。
これは旧態依然とした発想では解決しないということでもあります。迷路から抜け出すには、鳥のように空から俯瞰する必要があります。そして出口から辿っていけばすぐに答えは見つかるでしょう。
また数学論的インド哲学の世界なんかでは、迷路は存在しません。壁は存在しないです。人生には壁がつきものですが、壁は本当はありません。道しかないです。どういうことかというと、壁にそって歩いていくと、必ず出られるのです(^^)。つまり心の障壁は、無いのです。ドン詰まりの道って心には無いわけです。
ですから今これが最善だと思った道を進めばいいわけです。そして5分でもいいから「今幸せだなあ~」と思える時間を作って、1日1日その期間を長くしていきます。後は出来るだけ気が付く範囲で自分の強がり度を調べてみるといいですね。
次回は、なんで感謝できないのか?なんで凹んでしまうのか
そんな事を書いてみます。
本物の水
2008年03月16日
最近の水は本当にいろいろあって何がいいのか分らなくなってきた。アルカリイオン水、マイナスイオン水、活性水素水、還元水・・・その他に鉱物を溶かしたようなもの等含めると何十種類あります。またミネラルウオーター関係がありますから、実際良いのか悪いのか本当のところは不明だと思います。気分的なものと言ってもいいかも知れません。
そもそも1日に飲むお水(生水)の量ってたいしたことはないですし、1日平均しても1リットル程度なんじゃないかと思います。お茶・紅茶・コーヒー・清涼飲料水・味噌汁・お酒・スープなど他のもので水分を取ることが多いわけです。
ですからこの水にはこういう素晴らしいのが入っているんだといっても、実は人体に強力に影響を与えるほどのものは入っていないです。たとえばですが、ミネラルがたくさん入っているといっても、野菜ジュースには逆立ちしてもかないませんよね。
こういうとなんでもいいのか?ってことになるわけですが、かつて水について調べあげた情報がありますので、それをぼちぼち紹介していきます。
究極の究極
2008年03月16日

男が着てカッコいいものならこういうのもあります。
梵語の「梵」です。
梵Tといえば、結構こだわっているTシャツ屋さんが多いですね。
響きが何といっても素晴らしい。
サンスクリット語(梵語)で「ブラフマン」と言います。
意味は宇宙の本質、宇宙の最高原理
です。
これが分ったら(納得できたら)全て分ったも同然と言われています。
こういう話を聞いただけでも運命が開いていくとされます。
神々の王様
2008年03月16日
帝釈天です。
これ男が着たら超カッコいいですね。
ヤクザも後ずさりします。
http://www.geocities.jp/dnqrn788/z1/taisyakugurei.JPG
帝釈天というと寅さんで有名だから
間が抜けた感じがしますけど、
実際は相当の権威を持っている神様です。
日本の神様ではなく、
ヒンズー教の神様なのですが、
なんで柴又のお寺で祭られているかですね。
それは話すと長くなるのでやめますが、
文献では神々の王様だと書かれています。
自然界には八百万の神々がいると言われていますが、その統領ですね。
ですから物凄い権威があるとされている。
だからこのTシャツを着たら、強くなりますよ(^^)V
凄い名刺
大黒姫様Tシャツ
2008年03月16日

これはとにかくカッコいいTシャツです。
今リアル販売店用に版を起こす計画ですが、白インクで全ての生地色に対応させる予定です。
目立ちたい人は黒生地がいいし、柔らかく見せたい場合は、レモンイエロー、ピンクなんかもいい。
背中ではなく胸にレイアウトします。
言葉がとにかく面白い。100均姫、時給姫、電卓姫にエクセル姫、焦り姫に復活姫、
いちおタイトルは大黒姫様ということですが、リセット姫でもいいかと思っております。
若い女性にお奨めします。とにかく今年もっともカッコいい女性のためのTシャツです!
イージス艦
2008年03月16日

自衛隊のイージス艦といえば、最先端の設備が整った船なんだけども、結局人間が動かしているということが分った。平時の訓練がからっきしパーだったということらしい。
ただ率直に思うことは、マスコミや政治家の追求は集団ヒステリーに近いものが時々あるので、もう少し頭を冷やした方がいい感じもする。
庶民的和風
2008年03月16日

幸せになるTシャツです。
みんなをハッピーにさせてくれます。
こんなTシャツは見たことないです。
運命がどんどん開いていきます(^^;)
人気者になれます。
日本人ならやっぱり醤油でしょう!
凄い漢字
2008年03月16日
最近はパソコン端末で文字を打つことが多いので
手で書く機会が減ってきました。
実際字はかなりへたっp-なほうなので、
普段は字を書くきにはならない。
ただ昔から気が付いていることがあって、
漢字と英文が混ざった世界というのは、造形的に様に成り易いのです。
しかも下手でもROUMA字でRUBIを振ると
それだけでインターナショナルなDESIGNが出来上がります。
ですからデザインの最終地点というのは、
東洋でもなく西洋でもない世界なんではないだろうか?
姫BAR
2008年03月13日

タイトルは飲み屋じゃないです。
お姫様が棒のように並んでいる

なんで飲み屋を”BAR”というか?
それは西部劇に関係あって
ウィスキーをちょっと引っ掛ける為に、
店前の棒(BAR)にお馬さんをくくって入っていく習慣から、
一杯飲み屋をBARっていうようになったらしい。
そこで肝心の姫BARなんですが、
これはお姫様辞典から選んでみました。
お姫様辞典っていうのは
私が作ったものでこれから流行る予定です。
この中には参加していないお姫様もあって
たとえば、桃姫(ももひめ)
桜姫、苺姫(いちご姫)、柿姫、あんず姫、
苺(いちご)ミルク姫、桃桜姫、姫桜、姫桃、
姫苺に姫かぼちゃ、姫なすに、カレー姫に
ラーメン姫、もも缶姫に、アップル姫、
鰻姫にさば姫にハブ姫にたぬき姫に猫姫に
かまきり姫に、トンボ姫に、篤姫に、熱姫に、
玉姫、つばき姫、マンゴー姫に、金柑姫に、
もずく姫にオレンジ姫にポンカン姫にスイカ姫に
モンブラン姫、レモン姫、タルト姫、チェリー姫、
ココア姫、洋菓子姫に、和菓子姫、金時姫に
ぜんざい姫にだんご姫に大福姫、
バラ姫、チューリップ姫、たこ焼き姫にもんじゃ姫
なにわ姫に、ぼけなす姫に、ドンクサ姫に、
一郎姫に三郎姫、ガンダム姫に秋葉姫・・・
アニメ漫画やスポーツや芸能人関係を入れると
大変な事になるのでほどほどにしていますが、
マグロ姫、チワワ姫に、マウス姫に、ケータイ姫、
ケータイ姫はいくつか商品化しています。
桃(もも)姫、桜(さくら)姫もすでに出しています。
苺姫はいちご姫がいいか迷っているところですが、
ひらがなが可愛い感じがしたりしますね。
桃姫よりは”もも姫”のほうがももって感じがします。
そうするとすもも姫もひらがな、桜姫もさくら姫、
あーもうキリが無くなってきますね(--:)
宇宙姫
2008年03月13日

ただいまブログの機能を勉強中です。
ティーダはとっても注意深い感じがするので関心しております。
ところで姫BAN誕生の経緯をお話します。
わたしのお袋は姫子と言います。
年齢87歳。
もうあの世も近い。
救急車に何度お世話になったかしれない。
そのたんびに葬式のことを考えたのですが、
狭心症は発作が止まると、普通に戻ってしまうから
頭にきます。

どういう意味かというと、病院に入院すると普段より元気になってしまうのですよ。
言う事は聞かない。声は大きい。看護婦さんを叱る。
でありながら人気者になってしまいます。
「えー姫子って言うんですかあ

てえ感じで、看護婦さんが、みんな羨ましがってるわけで・・・。
それでなるほどお姫様に女性は憧れているんだなあと
いつも感じておりました。
でも人生87年も「姫子」って名前で生きてきたんだから、結構大変だった部分もあるでしょう。
名前負けすると惨めだろうし

ということで、お姫様に憧れているんだけど、現実問題なりきれない現実があります。
そこでぜひお姫様気分を味わってもらいたいということから、
姫BANという妙なブランドを考えてみたわけです。
ただ見目形だけお姫様にしても、中身がパー姫だと傍が偉い迷惑しますので、
お姫様とはそもそもどういう神経をしているのか?
その点姫子おばあの体験から学んでもらったらと思うわけです。
ここでおいおい紹介していきますので。
ということで姫BANブログはじまりはじまり・・・。



日本の地域ブログ大集合!津々浦々の美味い・楽しいがここに!